TATAワークショップ基礎編2014の報告
TATAワークショップ基礎編2014が、4月26日から30日の5日間、立命館大学朱雀キャンパス(京都市)で開かれた。全国各地から、7名の受講生が集まった。裁判員裁判の経験は0回から5回までと様々ではあるが、いずれも自らの法廷技術を高める強い意欲をもったメンバーだ。講師陣は、TATAワークショップ基礎編2013と同様に、高野隆弁護士以下5名のインストラクターがあたった。
ワークショップ基礎編の目的は、5日間という長時間にわたって実演と講評を繰り返すことを通じて、法廷弁護技術を理論面でも実践面でも体得してもらうことにある。予め配布した模擬事件記録に基づき、主尋問、反対尋問、異議、冒頭陳述、最終弁論に取り組んでもらい、模擬裁判も2度(1度目は主尋問、反対尋問、異議のみ。2度目は、冒頭陳述や弁論も行う。)経験してもらった。
5日間の研修日程は、受講生にとっては確保すること自体容易ではないと思われるが、日弁連や各弁護士会がこれまで主催してきた2日間ないし3日間の研修では得られない成果が上がった。
研修の成果の幾つかを紹介したい。
2 専門家証人に対する尋問
刑事裁判では、専門家証人の尋問の成否が結論を分けることも少なくない。ワークショップ基礎編では、専門家証人に対する尋問や、それを踏まえた冒頭陳述、最終弁論を実践してもらっている。今回の模擬事件記録では、法医学者と血液内科医が専門家証人として登場する。
主尋問の講義では、専門家証人に対する尋問の注意点が説明された。模擬裁判の実演に対する講評では、わかりにくい専門用語が出てきた場合に、用語を紙に書いてもらったり、平易に表現しなおしてもらったりするなど、専門家証人ならではの分かりやすい尋問方法のノウハウがインストラクターから伝えられた。また、専門家証人に対する反対尋問にあたっては、どのように準備し、どのような順でどのような発問をするべきかなどの具体的なアドバイスもされた。
受講生は、別の受講生に対する講評を踏まえて、自らの尋問に臨む。これが繰り返されることによって、最初はわかりにくい尋問をしていた受講生がみるみると分かりやすい尋問を実践できるようになっていく。この実演と講評を経験した受講生は、実際の裁判で専門家証人に対して尋問をする場面で、堂々と分かりやすい尋問で裁判員に正しく事実を理解させるに違いない。
立ち居振る舞いを良くすることも、研修の目的の1つだ。受講生の実演の様子はビデオ撮影をしておき、実演後に講評を受けた受講生は、別室に移って、講師と2人でスクリーンに映し出される実演の様子を見る。講師は、正しい姿勢、目線の置き方、手の動かし方、間の取り方などをアドバイスする。これを繰り返すうちに、受講生は自信に満ちあふれた法廷弁護士の姿になっていく。
書面や暗記に頼ることもなくなる。研修初日には、当事者席に置いた書面を確認してから尋問したり、質問を思い出すために宙に目を泳がせたりする姿もみられた。しかし、繰り返し講評を受けている間に、受講生は、書面に頼らず、身につけた法廷弁護技術に頼るようになる。その結果、誰もが裁判員や証人を見ながら尋問をしたり、冒頭陳述・弁論をできるようになっていく。
受講後の受講生からは、「暗記は弊害」「暗記の呪縛から解放された」との声があがっている。実際、堂々とした立ち居振る舞いになり、書面によらずに法廷活動できることは、受講生自身にとっても大きな自信となっているはずだ。
4 尋問に対する異議の実践
ワークショップ基礎編では、異議の実演・講評のセッションを設けている。
法廷でなかなか異議を出せないという話を聞く。どういう場合に出すべきであり、どう異議を出すべきかも十分理解していないためと思われる。
まずは、異議事由の詳細や異議の出し方、出すか否かの判断の仕方の講義があり、そのあと、異議事由が盛り込まれた尋問をインストラクターが行い、受講生が適切に異議を出してみるという実演が行われた。
異議の出し方もとても重要である。不適切な異議の出し方は、事実認定者の不評を買うからだ。立ち上がるタイミング、異議事由を述べるタイミング、座るタイミングなど、徹底的に繰り返して実践してもらった。
模擬裁判では、適切な異議が何度も申し立てられた。異議に対する心理的障壁を壊す、毅然としたスタイルで申し立てるというセッションの目的は十分に達成された。
今回のワークショップ基礎編では、全国の裁判所で使用されているものと同じ書画カメラ、タッチパネルを使用した。実際の刑事裁判と同じ状況で、法廷弁護技術を身につけてもらうためだ。
受講生は、5日間の研修を通じて、機材を正しく使いこなせるようになった。証人に「お手元のタッチペンを持って下さい」「ペンの色を青に変えてください」「あなたがいた位置に、『私1』と書いて、丸で囲んで下さい」と指示をしたり、書記官に対し、「この画面をキャプチャーして印刷して下さい」と指示をしたりする。こういう動作が自然に行えることは、法廷技術として備えておくべきものである。
最終日の模擬裁判は、一般市民を裁判員に迎え、実際の裁判と同様に行った。受講生は、検察官役と弁護人役に分かれ、それまでの研修の成果を存分に発揮して、求める結論を獲得するための冒頭陳述、証人尋問(被告人質問)、弁論を行った。証人や被告人はインストラクターがつとめた。
受講生は初日とはまるで違う自信にあふれた姿で、堂々と当事者役をこなしていった。
審理後は、裁判員と裁判官による評議が行われた。評議の様子は、別室に中継され、受講生はその様子を見守った。自分たちの尋問の意図が伝わったのか。冒頭陳述や弁論は分かりやすかったのか。実際の裁判員の感想を通じて、再確認することができる。評議での裁判員の意見は真剣そのもので、受講生にとって貴重な経験になったと思う。
立命館大学の法廷教室は大変立派で、受講生も本番さながらに研修に取り組めた。こころよく教室の利用を認めていただいた立命館大学の関係者のみなさんには心から感謝申し上げる。
7 今後のワークショップに向けて
5日間の研修を終えて、受講生たちの変化は明らかだった。尋問は格段に分かりやすくなった。冒頭陳述・最終弁論での姿は、実に雄弁であった。
研修を実施する側としては、まだ課題はある。たとえば異議のセッションでは、尋問に集中しながら異議を申し立てる技術の修得が必要だ。専門家証人に特化した講義も必要である。
全国の法廷に刑事裁判の専門家を行き渡らせるため、TATAのワークショップは日々進化していく。
2014年5月
一般社団法人東京法廷技術アカデミー
参加者の声
それが、第2回法廷技術ワークショップ(WS)を受講した私の一番の理由です。
日本一の弁護士というのは、東京法廷技術アカデミーの校長である高野隆弁護士のことです。もちろん全国には刑事弁護に精通した多くの優れた弁護士がいて、その方達との優劣を付けることなどできません。それでも、高野隆先生を“日本一”と尊敬する弁護士が少なからずいて、私もそんな一人なのです。このWSは、野球でいえば、リトルリーグの少年がイチローからバッティングの基礎を直接学べるようなものではないでしょうか。
5日間WSを実際に受講した感想ですが、私は、初めて法廷技術を学ぶことが楽しいと思えるようになりました。この研修を受けるまで、私は、一言一句暗記するくらい練習しなければ、ペーパーレスで実演をすることができませんでした。いつも、「忘れたらどうしよう」という不安から、胃に穴の開くような思いで準備をしていました。
ところが、このWSでは、5日間で検察、弁護のほとんどすべてのパートを一人でこなさなければなりませんでした。模擬裁判も予定されていました。とてもすべてのパートを一言一句丸暗記することなどできません。そのため、大事なポイントだけをしっかり押さえ、流れを何度も頭に叩き込むという方法を採らざるを得ませんでした。
でも、いざ実演をすると何とかなるもので、完璧な準備が必要と思い込んでいたのが嘘のようでした。逆に、細かい言い回しに囚われると、説得的な言葉を自由に語ることができなくなり、暗記が弊害にすらなることがわかりました。また、暗記の呪縛から解放されたことで、準備の段階でも、「どんなことを言おうか」、「こんなやり方もあるのではないか」など想像の幅が広がり、わくわくするような気持ちになれました。
準備をしていて、私は、初めて、「あれ?なんか楽しいな」と思っている自分に気付きました。
確かに、京都に4泊もしたのに、清水寺にも、京都御所にも行けませんでした。朝から夕方まで研修があり、夜はホテルで缶詰めになって翌日の準備をするという、過酷な5日間でした。
それでも、全国から集まった熱意溢れる仲間達と頑張った5日間は、これまでの私の人生で一番といえるくらい思い出に残るゴールデンウイークでした。
2014年5月29日
TATAワークショップ基礎編2014
修了生 出口(いでぐち) 聡一郎
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